バレーの大会と男の子
- 菱田伊駒
- 2017年6月25日
- 読了時間: 9分
その日はママさんバレーの大会がある日で、ふとしたきっかけから夫婦であるチームにお邪魔させてもらうことになった。
体育館に入った瞬間、懐かしい匂いを感じた。中学、高校と通じてバレー部に入っていた自分にとってはなじみ深い光景だった。しかし、昔と大きく違うことが1つあって、それは子どもがたくさんいて、走り回ったり、ゲームをしたり、お母さんに抱えられたりしていることだった。みな、子どもを育てながら、自分たちの楽しみであるバレーに興じているのだった。子どもの面倒を順番に見ながら、時折家の用事に帰ったり、子どものお迎えに行く人もいる。みな、自分以外の人生というか、家族の生活を背負いながら、それでいて自分たちの楽しみも大切にする、その姿に圧倒され、ぼくにはない重みを感じた。
ママさんたちの「重みある生活」の中でも、特に重要な位置を占めている子どもたちは輝いて見えた。だからこそ、子どもと関わってみたいという思いがあっても、おいそれと近づいていけない気後れのようなものがぼくの中にあった。会場を走り回る子どもたちの姿を眺めながら、彼ら彼女らはどんなことを考えているんだろう?などとぼんやりと考えていた。
試合と試合の合間に、ママさんたちは交代交代で子どもたちの面倒を見ていた。たまたま、近くに年長さんの男の子がいて、相手をするママさんがいなくなったこともあって、流れで一緒に遊ぶことになった。とても元気のいい子で、他の子どもたちやママさんたちとずっと、走り回っている子だった。子どもらしいというか、直感的な遊びを好んでいるように見えたので、ぼくも一緒に走り回ってみることにした。
それはそれで楽しく、贅沢な時間だったように思う。しかし楽しさだけでは飽き足らず、「この子は他にどんな顔を持っているのだろう?」という思いが心のうちに浮かぶ。誰に対してでもないが、ふとそういう思いに囚われてしまうことがある。
おそらく、ぼくはコミュニケーションにおけるパターンが嫌いなのだと思う。同じ喋り方、いつもと同じ相槌の打ち方、驚き方、笑い方、悲しみ方。そういうものが嫌いなのだ。ぼく自身が、そういうパターンをうまくやれないか、極端にパターン化されたやりとりしかできないかの、両極端を繰り返してきたことが原因かもしれない。
だから、良くしゃべる子どもには、少し黙って人の話を聞いてみてほしい。いつも聞き役に回っている子どもには、自分の意見を思い切って喋ってみてほしい。面白くもないのに相手に合わせて笑っている子どもには、面白くないときには「面白くない」気持を上手く表現してみてほしい。そんなとき、その子はどんな表情をするのか、どんな目をして、どんな喋り方をするのか、聞いてみたい、見てみたいと思う。
そういうことを無理に子どもに強いることが結果的に子どもの負担になり、子ども自身の考えを阻害する光景を何度も見てきた。だから表だって言葉で表現したり、誘導することはしてはいけないと思っている。それでも、そのような気持ちがなくなることはなく、ぼくの言葉や態度からにじみ出ていると思う。
話を戻すと、追いかけっこをしていたところに、なんとなく新しいルールを追加してみた。持っていたタオルをズボンから尻尾のようにたらしてみる。ぼく「これをとったほうが勝ちな。とったほうは、今度は自分のズボンにタオルをいれて尻尾にしてみよう。それで、逃げて、また尻尾とられたら交代な」。それからしばらく、しっぽ取りの繰り返しをする。新しいルールが導入されたことで、なんとなく追いかけたり追いかけられたり、の輪郭がはっきりしてきた。でも、すぐに飽きてしまったようだった。
ちょっと違ったことをしてみようと思って、今度はじゃんけんを使った「グリコ」をしてみようと提案してみる。グーで勝ったら「グリコ」、パーで勝ったら「パイナップル」、チョキで勝ったら「チョコレート」の文字の数だけ進める、階段を使ってよくやるゲームだ。なぜだかわからないけど、何で勝っても「グリコ」しか男の子が言ってくれないし、理由を聞いてもよくわからないので、とりあえず「グリコ」を何回言えるか、みたいなゲームに次第に変わっていく。
なんとなく、男の子の中で独自ルールが運用されているようで、ぼくにはそれが分からず、ルールの分からないゲームを、雰囲気を見ながらルールを把握しようと必死だった。ふと、「こんなに真剣に人の一挙手一投足に集中するのも久しぶりだな」と気づく。体育館を飛び出して、体育館の周りをひたすら走ったり、声を出したりする時間が続く。だんだん疲れてきたのか、木陰の、石が台になったようなところに登って座り込んでしまった。ぼくも疲れたので、「ちょっと休憩やな。」と隣に座る。
それまでは、なんとかいつもと違うパターンを引き出してやろうとやっきになっていたのだと思う。自分の気持が落ち着いていき、体育館の中に響く声かけや、ボールが跳ねる音が遠くに聞こえ、自分と、男の子の周囲1メートルにある静かさを心地よく味わう。気づくと、「ちょっと話そうか」と男の子に向かって声をかけていた。「なにを?」男の子は身体をこちらに向け、ぼくの目を見て問う。なんとなく、スイッチが入ったような気がした。
「この石、何に見える?」足元に落ちていた石を拾って聞いてみる。「魚!」男の子が元気よく答える。続けて葉っぱを拾って「これは?」と聞いてみる。「はな!」花のことなのか、鼻のことなのか、どっちだろうと思いながら、とりあえず「じゃあこの石と葉っぱを組み合わせるとどんなになる?」と聞いてみる。すると、「これが鼻でな、これが目、これが口!」と言って、ぼくが渡した石とはっぱに、自分でひろったガラスの破片を加えて見せてくれる。(ガラスの破片は危ないかなぁ)そんなことを気にして、ガラスの破片を集めて端によせて、ここは離れたほうがいいかな、などと思いながらも、もう少しこの流れに乗っていたいと「これは?あれは?」と繰り返す。
しばらくQ&Aを繰り返していると、突然、男の子が長い枝を見せて、「釣り竿!それでこの魚をつるねん」と言った。そして、木の大きい枝を拾ってきて「これが『リュウグウ!』」と言った。えらくマニアックな魚の名前を知っているんだな、と思った。そういえば、何に見えるかと聞いた時に真っ先にかえってきたのが「魚」だったことを思い出す。
だんだんぼくらの周りにはイルカやらクジラやらマグロやらリュウグウやらでいっぱいになって、まるで海の中にいるような気分になってきた。「どうせなら釣りをしてみない?」と提案してみる。石を釣り場に見立てて、周りを海に見立てて魚を色々と配置してみよう。そういうと、「リュウグウはめっちゃわからんとこにおんねんで!」といって、随分遠くに、リュウグウに見立てた木の枝を持って行った。よし、じゃあ君が釣りをしたらどうか、俺が魚の役をやるから、劇をやってみよう!次の提案をしてみる。「じゃあこれが蒔きエサな!」そういって木の実をあつめてきてくれた。それからは、代わる代わるに魚の役、リュウグウの役、サメの役をやって、釣り人役が魚を釣り上げる回もあれば、海に引き込まれてしまってサメに食べられてしまう回もあったりした。
そんなことに興じているうちにあっという間に試合の時間がきた。「なんかいい感じにしといてまた見せて!」そう言い残して試合に向かった。釣り遊びに飽きてしまってまた鬼ごっこに戻ってくれてもいいし、そのまま釣り遊びを続けてくれてもいい。そんな気持ちだった。
あまり強いチームではなかったけれど、1試合目は思わぬ勝利をおさめ、2試合目はコテンパンにやられた。思いきっり汗をかいて、楽しい時間だった。試合が終わって、釣り場はどうなっているかな、と戻ってみると、思わぬ光景に驚いた。「これが釣り場の椅子でな、これが釣った魚を焼くところ、これが波で、あそこにカツオがおって・・・」熱っぽく語る子どものエネルギーに圧倒されてしまった。こいつ、すごいな。と思った。
それからは釣り場の新しい設備を一緒に充実させた後、色々と質問をさせてもらった。魚は好き?どうして?海遊館は行ったことある?男の子は1つ1つ丁寧に答えてくれる。身体がこちらに向けられていて、彼の目はぼくの目にまっすぐと向かってくる。「海遊館は岡山のばぁばと一緒に行ってん。こういう魚の名前知ってる?マッコウクジラ!」向こうから質問してくれるのは嬉しいなぁ。この子は、祖父母のことを「じぃじ、ばぁば」と呼ぶんだなぁ。そんなことを聞きながら、そのときにはじめて「名前はなんていうの?」と聞くことができた。ぼくはぼくで、自分の名前を伝える。名前の交換でさえも、こんなに新鮮にできるものなんだと思う。お父さんのこと、おじいちゃんが釣りが上手なこと、魚については周りの子と比べても自分が一番詳しいこと、自分のしっているマニアックな魚の名前・・・
あっという間に時間が過ぎて、掃除の時間になる。モップがけから、掃除機でごみを吸い取るまで、一生懸命取り組んでくれて、さらに小さい弟も混ざって大忙しである。体育館の片づけが終わって、さぁ次は釣り場の片づけにいこうかと声をかけて外に向かおうとする。そのときだった、片づけが終わってみんなでバスケ?サッカーをしていた子どもたちが向こうから走ってきて、こっちを向いていた男の子と、正面からぶつかった。相手が体の大きい中学生?くらいの子だったこともあり、男の子は床にしたたか体を打ち付けてしまった。幸い、どこも無事なようだったけれど、だんだんと男の子の目に涙が浮かんでくる。ついには泣き出してしまった。「お母さんのところにいく?」そう聞くのが精一杯だった。泣きながらもうなずく男の子。慌てて手を引いてお母さんのもとに向かう。それから、男の子はお母さんにくっついて、しばらく泣きじゃくっていた。
散らかった釣り場を1人で片づけていると、バレーに誘ってくれたお母さんが一緒に片づけを手伝ってくれた。男の子はそのまま別れの挨拶もできず、なんだか文化祭の跡片付けをしているような、切ない、でも充実した、不思議な気分だった。バレーの大会でたまたま会っただけの子で、もう会う機会もないだろうし、次に会ったとしてももう大きくなっていて今回のように遊ぶことはないだろうと思う。出会いもたまたまで、別れも唐突だった。
基本的にぼくが子どもと関わるときは単発のイベントベースなので、次に会えるのか、会うとしてもいつになるのか分からないことが多い。そんな短い関わりの中で、ぼくはなにをしたいと思っているのだろうかと考える。その問いは、そのまま「どうして自分はp4c(こどものための哲学)に取り組んでいるのか?」という問いにつながっていて、その先には「自分はどのように生きるのか?」という大きな大きな問いにつながっている。
Comments